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No hope, No life

奥寺大輔のブログ。日常をひっそりと綴ります。

3ヶ月でバイオリン屋さんを辞めた話。

 

私は子供の頃から音楽が大好きな子供でした。

 

母がピアノの先生だったため音楽は身近にありました。私自身幼稚園の頃から母からピアノの手ほどきを受けました。

 

ピアノを弾き始めた当初はそれほどピアノが好きではありませんでした。

 

しかし中学1年の頃ベートーベンとの出会いからクラシック音楽にのめり込んで行きました。

 

特に交響曲はお気に入りで母から交響曲全集を買ってもらって何度も何度も聴いていました。

 

ピアノを弾くことも楽しくなりクラスで合唱をやる時は必ずと言っていいほど私が伴奏を担当しました。伴奏者と指揮者は名前が別個で書かれるからそれが嬉しかったです。

 

バイオリンを習い始めたのは中学に入ってからです。

小学6年生の頃地元のバイオリニストが演奏に来てくれました。その音色に衝撃を覚えたことは今でも忘れられません。雷が落ちたようにバイオリンの音に引き込まれていきました。

ピアノはドレミファソラシドがわかりやすいのになんでバイオリンは何もない板を押さえながら演奏するのだろう?と考えるのが楽しかったです。

 

バイオリンを弾くことは楽しかったんですがどう考えてもあれは不自然な姿勢です。

腰が痛くなったり首が痛くなったりして1年くらいでやめました。

 

吹奏楽部でクラリネットを吹いていたのでそっちの方に熱中したんです。

 

クラリネットは高校卒業までやっていました。中学の頃から弁護士になりたかったので法律が学べる大学に進学しました。

 

しかしながら心のどこかで音楽家に憧れていました。できれば音大に行って指揮やピアノの勉強をしたかったです。模試の時にもこっそり志望校に芸術大学と書いて担任が首をかしげたこともありました。

 

大学卒業間近になってやはり音楽に関わる仕事をしようかと思い、ちょうどそんな頃バイオリン屋の求人を見つけました。

 

「おぉ、これは面白そう!」

 

直感が働きました。

 

 

期待を胸にバイオリン屋さんで働き始めるのですがそんな期待は見事に消えてしまいます。

 

修理の仕事はあきらかに木工の仕事です。私は図工がそんなに得意ではなかったです。これは音楽ではない、木工なんだよねって気付いたのですね。

 

やはり修理するより演奏する人の方がかっこよかったんですよね。

 

 

そう思い始めると目の前の仕事に意義を見出せなくなるのですね。

 

 

3ヶ月でやめてしまい現在無職ライフを送っております。

 

 

今思えばあまりにも軽率だったなと反省しております。

 

つまらない仕事なんてないのです。つまらないと思う自分がつまらない人間なんですよね。全くその通りなんです。

 

今でもバイオリンを聴くことは大好きです。クラシック音楽も大好き。

ただ反省はしますね。

 

 

転職活動はどうかといえば15社は落ちて5社が選考中です。

あと50社くらいは余裕で受けられます。

諦めず頑張っていきます!!

 

 

ってなわけで無職になるまでの簡単な経緯を書いてみました。

 

こうして書いてみるとなんてことないな。

 

早く次のステージに進みたいです。